読み聞かせ絵本紹介「さかさま(TERUKO:作)

絵本紹介

3年生に哲学を投げかけてみる

さかさま 

TERUKO作 

2015年初版 ディスカバートゥエンティーワン出版

ロシア・ウクライナ情勢について毎日のように報道がある中で、人と人との衝突が起こるその要因は何だろうか、というのがこの絵本です。大人も説明に苦慮するんです。

  • 分かりやすさ…★☆☆☆☆
  • 絵の素晴らしさ…★★★★★
  • 何度も読む…★★★☆☆
  • どんなときに読む…日本で、世界で国や地域での紛争が大きな話題になったとき

赤い星と青い星、ふたつのとなりあう国は、それぞれの形でそれぞれの個性で平和に豊かに暮らしていたのですが、それぞれの豊かさを満喫しているだけで、隣同士がなぜか傷つけ合うことになってしまうー争いなんてしたくない。なのにいつ、どこで、どうして、何を、間違ってしまったのでしょうか。

相剋という概念、もしくは軋轢の姿

 大人の私たちも、社会的生活圏の中で意見の相違といった理由で衝突したりまたは別方向で同調したりします。それはおそらく子供たちも同じこと。自分と、自分以外の人や環境、事象などによって自分が何らかの影響を受けてしまうことを、許容するのか拒否するのかー日々葛藤の中にいることでしょう。そういった何だかぼやけていながら重い空気感を感じ続けていられるほど、人は強くありません。そんなときにこの絵本は気持ち良いほど正面から問題提起をしてくれます。そして、絵本の最後は

ねえ教えて。わたしたちは、なにをまちがえたの?

と問うておわっています。物語の最後は赤い星と青い星が激しく戦うシーンが描かれたページがあります。しかし、一番最後のページは文章は無く、二つの星が和解し、共存の道を歩んでいる様子が大きく描かれています。しっかりと読者に語りかけている構成がなされています。

 そして、読後の感想を聞いてみると、ほぼ返事が返ってこない事態になってしまいました。それはそうだと思います。何を間違えたのかといわれても、何も間違ってはいないからです。では何故戦いは始まってしまったのでしょうか。しかしある児童から「戦っているのがかっこいいと思う」というコメントが出ました。なるほどー

 小学校ですから、制服らしい制服というものは無く、中学や高校のように見た目や校則などで個性を一律にされることはあまりありませんが、独自性またはアイデンティティー(主体性)を守っている様子には、自分を譲らない確たる信念を感じたのかもしれません。また、所謂ゲームは一般的に、「何か敵のような異質なものと戦う仕様」のものが少なくないため、戦うシーンにあまり不快な感情は抱かないのかも知れません。しかしリアルな紛争については「戦争はよくないことです。なぜなら人が無差別に沢山傷つくし、死んじゃうから」とも答えます。バーチャルでの戦いは聖戦であってリアルな戦いは無意味な行為と認識しているのは、何故でしょうか。何故バーチャルな世界では戦いが肯定されているのでしょうか。

神、という存在について

 そして、この本の秀逸さはもう一つ、赤い星と青い星の中間に“きいろいほし”が存在し、その星は両方の星にとって信仰の対象となっているところです。赤い星が“きいろいほしに”、青い星が“きいろいほしに”施した宗教観的な行いが、戦いの引き金となっているところは、まさに現代そのものの描かれ方です。日本においても、世界中のどの国に置いても大なり小なり、宗教観の違いによっての衝突というのは起きているものです。小学3年生にとってはまだ、戦争は遠い国のこととして捉えられていると思いますが学年が進むに従って史実から色々の思いを馳せる際に、この絵本が役立つと思われます。カレンダーを眺めながら、無宗教と言いながら何気なく宗教的なイベントには参加することも時折ありますが現代の私たちはイベント参加が心からの信仰心によって行われているものではないのも事実です。おそらく信仰とは、社会的営みにある皆が共通の認識を持つ規律、とするのであれば、無宗教の私たちが、子供たちに語れることは、何でしょうか。

大人がこの絵本を読むときは

歴史が生み出した共生の方法

 無意識の矛盾の一つである「主体性の主張と守護のための戦いは是であるが、“たたかいはダメ”」の問題に対して発生している答えの一つが、おそらく『やくそくごと』という存在でしょう。3年生でここまではなかなか気付けなかったようでした。お互いの主張に対して、落とし所をみつけて遵守するー価値観が日々変化していく中で、折り合いをつけたり落とし所を見いだしたりは苦労の多い作業です。

相手の存在と、相手への関心

 社会は、自分とそれ以外で成り立つもので、それは自分以外が存在している事実を受け止め、そしてどういう意識を持って相手は存在しているのか、または自然界に目を向けて、物言わぬ存在たちに対して「まず知ろう、理解しよう」とする努力を早い段階から始めることが大事なのだと話し合いながらこの本を是非子供と大人、両方向から読んでみたいものです。夏休みの読書感想文課題には、良い材料なのではないでしょうか。

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